わらびのほいほい日記

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zoom RSS 長崎 軍艦島へ

<<   作成日時 : 2017/10/21 18:30   >>

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先日、主人と長崎の軍艦島へ行って来ました。

写真や映像で、この島の存在は、知っていましたが、実際、島に上陸し、見学したのは、初めてでした。

軍艦島は、長崎の海に浮かぶ島々の端にあるため、端島(はしじま)とも呼ばれています。

フェリーターミナルで、150分周遊ツアーを申し込みました。
多くの人が関心があるようで、船着き場で並び、しばらくして振り返ると私たちの後ろにも ずーーっと長い列ができていました。
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年間通じて、上陸可能な天候の日数は、およそ100日ということだったので、ラッキーだと思いました。

フェリーに乗り込み約40分かけて、やっと島が見えてきました。
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まるで、時が止まったような灰色の島の景色を見ていたら、なんだか、タイムマシンで、時空を越えてやってきたような気分でした。


この島は、長崎港から、南西約18qの海上に浮かぶ小さな島です。
本来の島の大きさは、南北320b、東西120bでしたが、埋め立て工事を6回も行い、1931年には、南北480b、東西160bに拡張され、元々の面積の約3倍になりました。


この島の周囲は、高い護岸に囲まれており、島の中にある高層ビルの煙突から煙が出る様子が、軍艦「土佐」に似ていたため、「軍艦島」と呼ばれるようになったということです。

桟橋に降り立ちました。
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上陸して、少し歩を進めると そびえ立つ古びた高いビル群や壁が迫力があり、圧倒される思いでした。
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島の3ヶ所に ここでの人々の生活状況を話してくださる方々が立っておられました。
多分、私たちが乗ってきたフェリーで共に来られて、先に降りられたのでしょう。

その中の一人がおっしゃるには、
「皆さんの中には、軍艦島については、ネットや本などで得た情報以外の事が知りたい!という方もいらっしゃるので、それらについて知っている限りの話をします。」
との事でした。



その前に 基本的な情報をほんの少しだけ、ネットで、調べましたので、少し お付き合いください。


日本で初めて、石炭が発見されたのは、1695年で 長崎 平戸の漁師 五兵太という人だそうです。ある日、焚き火をしていたところ、付近にあった黒い石に火が燃えついたということです。

日本の開国後、外国の蒸気船の燃料として、石炭の需要が高まったことを受け、スコットランド出身の貿易商 トーマス・グラバーが、炭鉱の開発を始めました。

グラバーは、英国技師モーリスを招き、日本で初の蒸気機関による最新技術と機械を導入させましたが、軍艦島もそれらによる石炭採掘場の一つでした。


石炭は、日本では、船などの燃料の他、佐賀の伊万里焼や中国・四国地方の製塩用燃料としても使われました。



さて、話は、元に戻ります。

画像にあるビルには、全て、窓枠がありません。

これは、当時、現在、使われているような金属のサッシ窓が無く、全て木材で造られていたため、長い年月の風雨に晒され、木材だけが腐食し、コンクリート部分だけが残ったということです。

島に入って、建物を眺めた時に なんとなく違和感を感じていたのは、窓部分が大きくポッカリと抜けていたせいなんだなぁと思いました。


その建物の多くが日給鉱員たちのアパートです。
アパートは、鉱員たちを長く引き留めておくために、家族で住めるように建てられたそうです。
そうでもしなければ、少しお金が貯まるとすぐに家族の元に帰ってしまい、労働者の入れ替わりが激しく、安定した採掘ができなかったそうなのです。

ここの生活を充実させるために市場、映画館、劇場、郵便局、美容院、病院、図書館、更には、スナックや居酒屋などがありました。
映画は、最新の作品が上映され、長崎市や近隣の町からも船に乗り、観に来ていたそうです。


島の各家庭では、当時、贅沢品とされていた冷蔵庫、テレビ、洗濯機が揃っていたそうです。
カラーテレビは、普及率が低かった時代に ここでは、所有率100%だったそうです。

アパートの棟群は、それぞれが、とても近いのですが、意外や意外、アパートには、エレベーターが、無かったらしいのです。
いちいち下りなくて済むように渡り廊下が架けてありました。


この島の人口は、最盛期の1960年頃には、5300人ほどだったということです。
狭い島に、大勢が住んでいたため、当時、人口密度は、世界一だったそうです(当時の東京都の9倍もの人口密度)


これは、当時、鉱員たちが、地下深い坑内に入るために利用したケージと呼ばれるエレベーターです。
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このエレベーターは、25人乗りの二段式(計50人)になっており、恐ろしいことに ドアが付いていなかったそうです。
これに、すし詰めで乗り込み、一気に 地下606mまで、秒速8bで、降りて行ったそうです。

下に着くと、今度は、傾斜になった坑道をトロッコで下りて行ったそうです(地上から最高約1000b)。

気の小さい私など、エレベーターで下りるだけで、気絶してしまいそうです。


仕事が終わると鉱員たちは、地下の公衆風呂へ行ったそうですが、お風呂のお湯は、海水を沸かしたものだったそうです。
ちなみにその海水の湯船は、すぐに黒く濁っていたそうで、皆、あがる間際に真水のお湯を浴びたそうです。


レンガ造りの建物跡が見えますが、これは、島の司令塔的存在で、会社の職員70〜80名が、常駐し、島内の指示を出していました。
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また、この画像の右側に白い灯台が小さく見えていますが、台風の時など、波が、この灯台を軽く飛び越えて、島の向こう側の海に落ちていったそうです。




画像上の真ん中あたりに小さな家の形をしたものは(船からの撮影)、端島神社です(本殿と拝殿は倒壊)。

危険と隣り合わせの鉱員たちにとって、神社は、心の拠り所であり、毎年4月3日の山神祭は、全島あげて、盛大に行われたそうです。
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画像左に見える白っぽい大きな建物は(船からの撮影)、端島小中学校です。
7階建てで、1〜4階までが、小学校で、5階以上は、中学校です。
最盛期には、生徒数が700名を越えていたということです。
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校舎の手前に運動場があります。

しかし、そのように繁栄を極めた島にも時代の波が押し寄せました。


採掘量のピークを1966年(昭和41年)に迎えた後は、石炭から石油へと エネルギーが、転換してしまいました。
そのあおりを受け、8年後の1974年に閉山しました。
その年の1月15日に閉山すると、3ヶ月後の4月20日には、全島民が、出て行ってしまい、無人島になったということです。


それから長い年月が経ち、今では、残念ながら修復不可能という専門家たちのの判断があり、崩れるに任せるしかないということでした。
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ああ、それで、建物の内部はもちろん、建物間の通路も通行禁止なのだなぁと納得しました。


帰りの船の時間が迫ってきたので、後ろ髪引かれる思いで、桟橋に繋いであったフェリーに 再び乗り込みました。


だんだん小さくなっていく島を船から、ずっと見つめていました。
昔、繁栄を誇った島が、今はもう寂れてしまったけれど、なんだか、静かな佇まいで、これはこれで満足しているのだ、という島の声が聞こえてくるような気がしました。
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コメント(17件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい。
軍艦島懐かしく拝見しました。
若い頃転勤で九州博多在籍してましたその時
行ったた事があります。
ただ、島には上陸した事は無かったです。
わらびさんの素晴らしい映像を観て勉強に
なりました。
エム72
2017/10/21 20:40
軍艦島、すぐ近くまで行かれたんですね。
一般の人の上陸が許可されるようになったのが、2009年の4月のようですね。
上陸しても 好きな所を見学できるわけではなく、島の南側と西側だけなので、近い(上陸)か、遠いか(船から)の違いです。
でも やはり、島の土(セメント?岩?)を踏みしめて歩けるのは、嬉しかったです😄。
わらび
2017/10/21 22:00
長崎を3度も訪問しながら、軍艦島は未踏地です。わらびさんの訪問記が素晴らしく、シッカリイメージできました。何時か訪れたいですが、どうなりますやら。汗
よっしー
2017/10/21 22:47
その昔に栄え、やがて淘汰された過去の産物
でも、今や遺跡と呼ぶにふさわしい軍艦島
の経緯を、わらびさんの文面により、
垣間見る事ができました。詳細の中で
一大都市を築いていった、石炭による
需要と供給の歯車が噛み合えば人の波をも
進化を遂げてゆく、まさに昇華され続けて
ココまでの素晴らしい世界に発展していかれた、
まさにその過程での歴史が、ひとつのシーン
となって頭に浮かんでくるポパイです。
特に人の流れ的なところでは、
義務的な環境にプラスして、押し寄せる様な
環境での賑わいなども、人口密度から
伺い知る事が出来ました。。。

軍艦島と言うベールに包まれた要塞の中での
聡明さと暗黒のイメージ。。。
なぜか両極端な感覚になるのも
不思議な魅力のひとつですね。
もう一度読み直してみようと思います。

ポパイ
2017/10/22 01:10
おはようございます。

これがウワサに聞く、軍艦島ですね。

記事を拝見して、とても勉強になりました。
1974年って、つい最近という気がします。
一時は5300人も暮らしてだなんて、驚きです。
生徒数も700人もいたというのも驚き。
今はその子たちは長崎や福岡あたりで暮らしている方が多いのでしょうかねぇ。

素敵な記事を読ませてくださり、ありがとうございます。
koji
2017/10/22 06:01
テレビで観たことがありますが、凄いですね〜
当時は繁栄して賑やかな島だったんでしょうね〜
各地にも炭鉱など当時賑わい、今は廃墟として残る地があるようですが、時代の流れと当時の人々の生活が偲ばれますね〜見ごたえのある見学されましたね〜
たぁくんママ
2017/10/22 08:19
よっしー様
長崎も名所が多いので、軍艦島までは行き着けなかったですね。それに観光地として有名になったのは、ここ数年のような気もします。
わらび
2017/10/22 09:25
ポパイ様
最盛期を誇った軍艦島も 今は観光客が訪れなければ、静寂そのもので、抜け殻のような島になってしまいましたが、昔の人々の生活を想像して、頭の中に自分だけの映像が浮かんだりします。陰と陽という言葉が浮かんできます。
わらび
2017/10/22 09:34
koji様
本当に!!この島で育ったお子さん達が、各地にいらっしゃるはずで、その方達のお話を聞いてみたいものです。

たぁくんママ様
島の周囲ぎりぎりに建物が建っているので、見応えはありました😵。小さな島には、不釣り合いな、かなり重量のある建物が、ひしめき合っていて、島は、大丈夫かなぁといらぬ心配をしたりしています。今後は、台風の波などで、ますます風化していくのでしょう。
わらび
2017/10/22 09:42
軍艦島のドキュメンタリーはテレビで見た事がありますが、わらびさんの記事は非常に分かりやすく、当時を思い浮かべながら読ませて頂きました
最盛期の栄華と人々の賑わいと時代の流れによる衰退を建物が人々に発信しているようで物悲しいですね
momも是非一度訪れたいです
わらびさんの名解説でなお興味が湧いてきました
Zeus mom
2017/10/22 16:26
Zeus mom様
分かりやすかったですか!!嬉しいです😄
島を近くで見ると 昔、住んでいた人々の歓声や話し声が、空耳で、聞こえてきそうですが、少し距離が離れると 島が、とても孤独で、寂しそうに思えました。
私も また、いつか再び行ってみようかと思います。
わらび
2017/10/22 19:56
こんばんは
コメントありがとうございました。
軍艦島は去年の春 ツアーで行きました。
上陸できる日が少ないと案内の方が言って
ましたが 私たちも運よく 上陸できました。
なんか 懐かしく拝見しました。
軍艦に見えるアングルからの写真も撮れて
その写真ブログにアップしたと思います。
ちい
2017/10/23 19:04
ちいさん、九州へ はるばる旅行に来られたというのに大地震に見舞われて大変だったんでしたね😵 でも お互いに 軍艦島に上陸できて、よかったです!!😄
わらび
2017/10/23 21:13
話題に上るまでは関心がなかったし
よく知ろうともしませんでした。
繁栄と衰退をはっきり物語っていて
切ない島なんだと、わらびさんのお話で
良く分かりましたよ。
カメラが趣味の方が撮りに行かれたので
それを数枚拝見しましたが、
物語を聞きながら見学出来て、良かった
ですね。
なかなか行けないので有難うございました。
つばさ
2017/10/24 10:25
つばさ様
私も数年前まで、同じ九州内だというのに 軍艦島の存在を知りませんでした😅
天気にも恵まれ、島の説明をしてくださる方々もいらっしゃり、ありがたい一日でした!😄
わらび
2017/10/26 09:28
私は長崎なので、いつか行こうと思っていたのですが、とても詳しいわらびさんのブログを拝見して、行った気になりました〜!
島出身の方と同じ職場でしたよ。
突然に失礼いたしましたm(__)m
nori
2017/10/28 04:28
nori様
ご訪問いただき、とても嬉しいです!!
長崎、訪れるととても落ち着く感じがします(街中は都会で、道路走るのは少々緊張しますけれど😅)
そうですか!!軍艦島に昔、お住まいだった方と………。その方にとっては、そこが懐かしいふるさとなんですね(*´∀`)
わらび
2017/10/28 08:39

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